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もうひとつの夏の思い出

(2007-09-03)
たのしい夏休みは、また戦争を語る季節でもあります。

こう見えても(見えてないけど・・・)私は一応戦後生まれで、「戦争

を知らない子供たち」なんです。


戦争の悲惨さ、残酷さを聞き、語り継がなければいけない事は確信して

心に強く思っています。

でも、毎年、TVでくり返して見聞きする戦争は、気がつくと私の中で、

マンネリ化して、風化しつつあり、我ながらドキっとすることもしばし

ばです。


知人から、叔母から、先輩から、悲惨な戦争の話を聞きますが・・・・

鈍い私は完全に理解できないでいます。


そんななか、今年は少し違いました。


強烈な言葉をいただきました・・・

「戦地に行ったときの話しを、死ぬまでにすべ

て話したいけど、話せない・・・勇気をもって話さなくちゃと思うんだ

けど・・・口に出せない。書き残すにしても、いまだに書けない」


どんな体験をしたのでしょう・・・・この先、「書いて、話して、教えてよ」とは言えませんでした。
心の中で葛藤してるのでしょうから、土足で入り込むようなことは出来ませんでした。以来、その話には触れず、今だに聞かせてもらっていませんが、これだけでも十分な体験談だと心に残りました。

もうひとつ・・・

大昔の番組の再放送を何気なく見たところ・・・

「戦争で、南方のジャワで終戦を迎えるも、船がなくいつ帰れるか不安の毎日で、終戦後も病気になる人も多く・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

中略

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

終戦の1年後にやっと帰国できて、九州に上陸。東京をめざして列車にゆられて広島を通過するとき、

 しばらく、車窓から見える樹木がみーんな西に倒れていた・・・

さらにしばらくすると今度はみーんな東に倒れていた

それを見て愕然とした。まさしくピカドンの爪あとでした。それも、1年

もたって、まだそのままの状態だった。」
ということです。

お二人とも淡々と話す姿がかえってずっしりと重く、まだまだ知らない、国民の数だけの戦争体験があるのだと実感しました。

今年はこのお二人の言葉が戦争を考える時期にして、強烈で、刺激的で、カルチャーショックでした。私の思考範囲を超えていました。

私の戦争反対、平和祈願の夏も終りましたが、新たな認識が加わり、
以前にもまして平和のありがたさを、事あるごとに伝えたいと思います。


ランキングに参加中です。
瞬間最高順位8位でした。上がっちゃった!なんで???
ありがとうございました。また、よろしくお願いします

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トンボの絵↑ステキですね。
秋らしくて、とっても良いです。

わたしも、戦争はいけない、と心の中で思っていても、
ふだんは、なんとなく遠いことのように思ってしまいます。

でも、先日長崎原爆の日の式典の被爆者の方の演説をTVで聴いて、あまりの悲しさに、思いもよらず涙が流れました。
風化させてはいけない、そう思います。

生きるために修羅場をくぐるということは、人間でなくなるときもあるということなのでしょう。
生きている間に、いろいろ見聞きしておきたいです。
一人旅、結構ルンルンですよ。

そうですね 回りを見渡せば戦後生まれの人ばかり
夫も私も戦争を知らない・・・・・・
沖縄で語りべの方が戦争の話をしてくれます
沢山の文章が置いてあります
ベトナムの戦争資料館にも沢山の資料が展示されています
恐いから気持ち悪いからと目をそむけて歩く人が
「今戦争だったら目を背けられないのに・・」と私は思います
平和な世界を守るためには
戦争のない世界になってほしいですね

戦争の話は ずっとずっと語り続けられなくちゃいけないと思うけど
修学旅行で長崎に行った時 平和公園に被爆した人の
のどが渇いて・・・って言う碑を見て
その後の資料館を見ることが出来なかったのを思い出しました。
ついつい 戦争の事は 目も耳もそらしちゃう私だけど・・・
それじゃ いけないのよね。。。

フォント 直りましたね(*^o^*)
みかんさんの所に来たって感じですぅ~♪
フォントひとつで 雰囲気 全然違いますよね。
【☆;:*:;☆オツカレサマ☆;:*:;☆ 】>c=( *^▽^)ゝ

おはようございます

戦争はいけないですよね。
争いから生まれるものは
何もないですよね。
全てを失い、代わりに悲しみだけが残る戦争
そして原爆・・

今、見ている景色がずっと残っていますように‥
みんなが幸せに暮らせるように・・・
ずっと平和でありますように・・
そう祈り続けたいです。

私の親は戦争の時、9歳と10歳でした。
舅は当時満州の特攻隊で
明日出陣という日に終戦になったそうで
生前私によく話をしてくれました…
5年程前テレビで南京大量虐殺の時の偉いさん達が
河原で逃げる人々を銃で撃ち、面白いように倒れていったと
笑いながら話してる姿にもの凄い怒りを感じました。
何でこんな奴らが生き残っているのかと…


コメントありがとうございますm(__)m

ちえこ さん

特に子供が巻き込まれるというのは、日本だけでなく外国のことでも涙がジワー・・・平和に生きる権利が尊ばれる日がくるとよいですね。

ピンピンシニアさん

善良な若者が命の瀬戸際にたたされ修羅になるのでしょうね・・・
個人にとっては単なる人殺しですものね。麻痺させる、その力が
悪魔のなせる業なのでしょう・・・

わらわら母さん

日本からまず、発信して「地球人」として生きていくようになれば
戦争も、温暖化も、良い方に進むとおもうのですが・・・
しっかり見つめないといけないですね。

未夢さん

平和教育を常日頃からやっていれば、わざわざ修学旅行で行かなくてもよいのですが・・・・なかなか、教えるほうも戦争を知らない世代になってきてますしね・・・
おかげさまで、落ち着きました・・・(笑)
ありがとうございました

海月 さん

あの写真がそのまま、残りますように・・・・
昔の○○付近、なんてならないように祈ってます。
何もかもなくなりますからね・・・戦争は。

donasama さん

叔父は優秀で、飛び級で卒業、出征していったそうです。
早かった分、戦死しました。あの頭脳がもっと別の方面で役に立ったら・・・と思うとどれほどの損失があったかと・・・
何もかも破壊してしまう戦争・・・・分ってほしいですね

戦争は、いかなる理由があれど、人が死ぬ、それだけなんですよね。
そこから何も生まれない、悲しみだけが広がっていく。
土地が荒れ、回復するのにも時間が凄くかかる。
人の心は計り知れず、です。

唯一の被爆国である日本、それも2回も原爆を落とされている日本、
もっともっと強烈に平和について訴えていくべきだと思いました。
日本人もそうだし、世界中の子供たちにも原爆の悲惨さ、
戦争の悲惨さを訴えていくべき、ですよね。
日本の活動が見えてこない・・・。

ランキングのボタンが、秋らしくてとってもいいですね♪

 なんと 書いていいか わかりません。
 穏やかな 日常を 欲しくない人が いるのでしょうか。
 戦後も 自らを厳しく生きた父を しのびます。

私も戦争は絶対に繰り返しちゃいけない!って
思っていますが、その本当の恐ろしさ、悲惨さ、
残酷さはわかりません。
子どもたちにどう大人の責任として
伝えていったらいのか・・・。
夫と子どもがひとり立ちする前に、
家族で広島、長崎、そして沖縄を訪れよう・・・
と話しています。

↑のとんぼとコスモスの絵がとても秋らしくて素敵ですね!v-353
応援!ぽちっと♪

v-34 みかんさんへ
 もしよろしかったらみかんさんのブログを
 私の「わんたんのお気に入りリンク」に
 リンクさせていただけないでしょうか?
 お返事はまた後日お伺いしたいと思います。
 どうかよろしくお願いいたします。

戦争

我家の菩提寺の和尚さんは、お施餓鬼(八月初旬)の折には必ず、『長崎、広島の原爆被害者、そして戦争の犠牲者の諸々の霊に・・・』とお経の最後に読み上げていました。その和尚さんも軽い痴呆症になり、あとを継いだ若いハンサムなお坊さんは、ついに、戦没者の霊への慰めを口にしてくれませんでした。

とても残念で哀しいです。こうやって・・・・戦争が消えていくのですね。
孫や曾孫は・・・兵役を務めるのでしょうか。

ウチの子たちも 戦争に関しては
勉強してるんですね  原爆資料館にも
何回か行き いろんなことを感じてくれてると思います。
今回もね北海道のノサップ岬に行き 
北方領土の事なども 興味津々で説明を受けてました
絶対に 風化してはいけないことだと思います。
                応援ポチ♪

戦争・・言葉だけでしか知らない世界
それでも私の世代は祖母が親が話してくれた
どれほど悲惨かどれほど惨いか・・実際には分からない
でもあってはならない!
してはならない!
これははっきり言えます!
どうか世の中全てが平和であるよう心から願っています。


一応 私も「戦争を知らずに僕らは育った♪」です

けれど やっと戻って来た故郷の地で、
路上に洗面器を置いて、軍服姿の手足を失った傷病兵の人たちが、
這いつくように物乞いをしてる姿を、今でも鮮明に覚えています。

今年の夏は、押しつぶされるような猛暑の中、
イーストウッドの硫黄島の映画を2本観て
それから 浅田次郎のシェエラザードを夢中で読みました。
それで、戦争を語るのは、とても恥ずかしい(-_-;)

みかんさ~ん 応援しています
戦争反対 地球はひとつ 宇宙はひとつ 愛は全てですぅ

コメントありがとうございますm(__)m

月子 さん

戦争はどんな大義名分があろうとも絶対ダメです。築き上げたものすべて、命さえも否定する戦争、どんなことが起きてもNOと言わなければいけません。

水戸小紋さん

この時期、無駄死にした叔父を思い、何のために生まれたのかと
悔しくてなりません。そんな人たちの気持ちを思い平和維持の決意を伝えなくては・・・・

東雲わんたんさん

百聞は一見にしかず!ですね。
今年は孫たちに分るように、砕いて説明したつもりが「怖いお話はイヤ!」と言われました。国中が再び洗脳されないように、しっかり意見を言える世の中を次世代に渡したいものです。
リンクの件、ありがとうございます。こんごともよろしくお願いします。私も貼らせていただきます。

草笛 さん


お坊さんも世代交代で、戦争を知らない代になってしまったのですね。我が家も最近は若いお坊さんとのお話が多く、色々教える立場になってしまいました。年中、戦争の話も出来ませんが、せめてお盆の時期、夏の時期くらいは戦争の話をし続けなければと思います。

仁愛 さん

応援ありがとうございますm(__)m
あらためて言うのではなく日常の生活の中で、あたりまえに平和を維持しつづける子供たちに育って欲しいと思います。
単なる楽しいばかりの旅行でなく、考える良い機会を作ってあげられましたね。真正面からの子育て、感心します。

陽だまり さん

私なんか、体験して痛い目を見ないと、学習しない愚か者ですが、そんな私でもとしを重ね、見聞きする機会を得て、その恐ろしさが数%は入っていると思ってます。どんどん広げて、後世に伝えていきましょうね。

momo さん

山手線の中で足の無い傷痍軍人の方がカンパを集めている姿が目に焼きついています。あれだけでも、眼をそらすような光景でしたが、父は生きていられるんだから運が良いほうだ・・・と、つぶやいていました。ほんの50年前の話なんですよね・・・

みかんさん こんばんは。
先日の旅先で見ました仙台の民族資料館は、
旧陸軍歩兵第四連隊兵舎 
戦時資料として展示されていた 木のベットが幾つか並んでいました。
私は 胸が痛くなって写せなかったのです。
戦争の恐ろしさを伝える勇気がなかったからです。

みかんさんの勇気凄いと思いました。
これからも がんばってね。

戦争はんたい

 僕,海自でした。呉に海自の資料館があります
大和、神風の事など広島の事も有り、写真や手紙、残骸を見て
戦争の悲惨を強く感じてます
 非核、、戦争絶対反対です

時々ふっと祖父のことを思い出し、もっと戦争中のことを聞いておけばよかった・・・と悔やむことがあります。
島国である日本とは違ってこちらでは今でも近隣の国々で時々
戦争がおこるので 考えさせられる機会が在日していた時よりも多いと思います。
でも私達にいったい何ができるのでしょうか・・・。

難しい・・・

ですね~
戦争を語るって。

私、 反戦歌の中で青春を過ごしました。

日本と戦ったアメリカで暮らすことになりました。

30年近く経って思うことは、戦争ってそう容易くなくなるものではない、という事。。。
世界平和を願う、願わずに関係なく、 です。
世界ってもっと複雑。
政治も経済も全部絡んでるから・・・。
解決法はあるかも知れない、 あるに違いない、 とは思うんですけど、 世界情勢、国際間の事情をふまえてそうした答えを知ってる人がいたら耳を傾けたい・・・そんな心境にいます。

何だか悲観的なコメントになってしまってお許しくださいね~。

コメントありがとうございますm(__)m

りんどう さん

どこにも日本各地に戦争資料館というものがありますね。
少しでも残そうと、また教えていこうという証だと思います。
いよいよ戦争を知らない我々が伝えて行く番です、風化させないようにしなくては・・・

ペッカー さん

戦争の悲惨さを口先だけでしか、語れない自分がどこまで教えていかれるか不安ですが、資料館などでもっと勉強しなければと
痛感します。

aiko さん

お久しぶりです。お忙しかったのでしょうか?
日本よりはるかに危機感はあるのでしょう。考え方も外から見た日本、ということで違ってくるでしょうね・・・私は、子孫に戦争をして欲しくない!というのが根幹です。小さな、伝えることしか出来ませんが・・・

梓の小鳥さん

ちょっと難しい、重い記事になってしまいました。人を殺さない!単純にそう思うだけです・・・外国にいて日本をみると、どう見えるのでしょう・・・井の中の蛙なのでしょうか。わかりません・・・
いろいろな思いがめぐる時期ですね。

お久しぶりです

戦争…確かに風化されてますね。語り継いでいく方達も年ごと減っていってしまうんですよね。
私の両親もまだ幼い頃に体験をしているので、目の前で友達が亡くなったり、防空壕に埋まってしまった話など、繰り返し繰り返し、子供や孫へと語っていますが、二度と思い出したくない程の心に大きな傷を持った方達も沢山いるんでしょうね。
戦争を語ったドキュメンタリー、映画をみただけでも正気でいられる訳はなかったんでしょうね。
先日、「はだしのゲン」を息子と見ました。
息子と一緒に泣きながら観ました。語れる事は出来ませんけど、多分おじいちゃんからいつも聞いている話と繋がったんじゃないのかな~

娘は無事に手術が終わり日々回復してます。
病気を通して見えた事も沢山あるようで、夫に対しても、家族に対しても感謝の気持ちが深まって一層絆が強くなったみたいです。
ご心配おかけしました。ありがとうございましたhttp://blog13.fc2.com/image/icon/e/466.gif" alt="" width="14" height="15" class="emoji">

ご承諾して下さってありがとうございます!

リンクの件、さっそくご承諾してくださって
ありがとうございました!
そして私のブログをみかんさんのブログに
リンクしていただけて、すごく嬉しいですv-10
どうかこれからもよろしくお願い致します!
応援!ぽちっと♪

慰霊の夏

今の日本は、「戦争と言えば八月、戦争について考えるのは八月」というイメージがあります。

広島・長崎への原爆投下、終戦といえばやはり「八月」なので、それは仕方のない事なのかもしれません。
テレビや雑誌が、八月になると戦争の特集を組み、
戦争の映画やドラマを放送し、体験談を載せる。
それはいいことです。戦争を風化させてはいけません。

でも、
九月になったとたん、戦争の「せ」の字もありません。
八月だけ語ればいいのでしょうか?
いつもいつも考えなくてはいけない事なのに・・・

私も戦争を知りませんが、両親から話は聞いています。
傷痍軍人さんも見たことあります。
私の知っている事なんて僅かですが、子供達には私のわかる範囲で伝え、戦争のアニメや映画は見せるようにしています。

八月以外にも命を落とされた方は大勢いらっしゃるでしょうから、八月だけを慰霊の季節にはせず、常に心に留めておきたいですね。
長々とすみませんでした。

テンプレート、すっかり秋ですね~♪素敵です☆

母から、空襲の中逃げ回った話を聞いたことがあります。
外側を見ると強くて明るい人々でも、戦争が心に残した傷は
はかり知れないのだと思いました。

コメントありがとうございますm(__)m

ぷう さん

お嬢さん、良かったですね。若い方は退院しても焦って、無理したりしがちです。しっかり支えになって、見守ってさしあげてください。
正気の沙汰じゃなかったのでしょう・・・人間、そんなに捨てたもんじゃないと信じたいですよね。

東雲わんたん さん

こちらこそ、よろしくお願いします。
一生懸命なご家族のブログ、楽しみにしています(^_^)v

藤壺さん

開戦の12月は母の誕生月で、お祝いと同時に「戦争しなかったらね・・・」が母の口癖でした。
多くを語らなかった母ですが、今思うと、せめてもの反戦メッセージだったのでしょう。

ひよこ豆さん

傷痍軍人さんの白い着物(?)姿ですら、目に焼きついています。
私の中の最大の戦争のイメージですが、目の当たりにした多くのことはもっともっと、衝撃の映像なのだと思うと、傷は深いですね。
プロフィール

みかん

  • Author:みかん
  • パソコンが趣味で、
    シニア、初心者の方に
    楽しい、やさしいパソコンを
    使っていただけるよう
    お手伝いしています。
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